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ひとくちに「クリエイター」といっても、描き出すクリエイションは色とりどり。その背景には、バッググラウンドや譲れないこだわり、そして個性がある。 私たちが愛する「あのイラスト」は、いったいどのような思考回路をたどり、どのような技術によって生み出されているのだろうか。 クリエイターたちが歩んできた人生に焦点を当て、自分好みの色でクリエイター人生を彩ってきたヒストリーを明らかにしていく連載「人生のふであと」。 今回のゲストは、ビビットな色彩と女性らしい繊細なタッチが特徴のイラストレーター・matumotさんです。 ファッショナブルなイラストで人々を惹きつけるmatumotさんですが、彼女のクリエイター人生は苦悩の連続。フリーランス1年目には、仕事が一件もなかったそうです。 自分の絵に違和感さえ覚えた絶望の日々から、matumotさんはイラストに何を見いだし、イラストに何を懸けるのか。 ターニングポイントとなったのは、自分の「好き」とみんなの「好き」の交差点でした。 |
社会人1年目、自分の絵を愛せなくなった
──── イラストや、絵を描くことに興味を持ったのは、いつ頃からでしたか。
物心ついたときから、一番好きな遊びは絵を描くことでした。絵を描くことへの熱量が衰えることはなく、私の青春時代にはいつも絵があったような気がします。
でも、現在のような活動をしたいとは考えていませんでした。というのも、高校時代までは興味のあることが多すぎて、イラストも「たくさんある趣味のうちのひとつ」だったんです。
お菓子屋さんになりたくて始めたケーキづくりは今でも続いていますし、声優になりたくてレッスンに通っていたこともありました。つくったり、表現したりすることが大好きで、一度でも興味を持つとなんでも続けたくなってしまう性分で……。
つまり、絵だけが大切なものではなかったんですよね。
また、絵を描くことは自分をいちばん表現する手段でもあったので、それを仕事にすることに怖さも感じていました。絵を描くことで挫折すると、自分を語るものがなくなってしまうような気がしていたんです。
──── 絵を描くことを仕事にするつもりではなかったんですね。それでもイラストレーターとして活躍されているのには、どのようなきっかけがあったのでしょうか。
美術系の高校を卒業し、美術大学への進学を決めたことが、大きなきっかけでした。
大学進学までは、まだ趣味を仕事にしたくないという思いが捨てきれず、踏ん切りをつけることがなかなかできずにいました。
でも、進路として美術以外を選択することも考えられなくて。
大学に進学したタイミングで、「もう後がない」「ここまで来たからにはやるしかない」と自分を奮い立たせるかたちで、イラストレーターを目指す決意をしました。
美術を学ぶという選択を、正解にしたい気持ちが大きかったのかもしれません。それからは、デジタルで本格的にイラストを描き始め、SNSの発信にも力を入れるようになりました。
小さい頃から絵を描いていたわりに、発信者としての活動を開始するのはあまり早い方ではないんです。
それでもありがたいことに、私のSNSを見て、お声がけしてくださる方がいました。在学時代にも何件かお仕事をいただけたのは、小さな自信になりましたね。
──── 大学を卒業後は、そのまフリーランスのイラストレーターに?
実を言うと、ファーストキャリアはデザイン制作会社です。
イラストレーターとしていくつかお仕事をいただいたとはいえ、フリーで生きていくほどの自信はなくて。大学の友人たちも就職していたので、私も同じように就職したほうがいいのではないかと、社会人になることを選択しました。
とはいえ、デザインは、私が興味を持てることのひとつです。就職活動期間が終わるギリギリで職支援センターに駆け込んだのに、好きな業界で、好きな仕事ができる権利をいただけたことは、とても幸運なことに感じられました。
しかし、現実は、私が思い描いていた通りにはならなくて……。
ファーストキャリアはイラストを制作する会社だったのですが、そこには会社特有の「タッチ」があります。就職して最初の期間は、タッチをみっちりと矯正する期間でした。
私は基礎が固まっているタイプではなく、感性で勢いのまま描くスタイルだったので、この研修を受けたことが裏目に出てしまって。
悪意があってそうしていないことは十分に理解しているのですが、基礎から絵を鍛え直されていくうちに、自分らしい絵が描けなくなっていきました。
自分を表現するツールだったはずの絵が、自分らしくないものになっていくことは、あまりにもショックでした。しばらくは、自分が描いた絵をみても、自分の絵でないような感覚さえしてしまったんです。絵と自分の距離が開いていくなかで、仕事に対する自信もなくなり、入社して1年で会社を辞めてしまいました。
思い出したくもない「グロい」記憶
──── フリーランスとして活動されているのには、自分らしい絵を描けなくなった過去が関係しているのですね。
フリーランスへの転向は、前向きなものではありませんでした。会社員生活を続けるのが苦しくて、逃げるようにフリーランスになったので。
救いだったのは、大学時代からお付き合いしている制作チームの方に、以前からお声がけをいただいていたこと。
ひとりでのスタートではなく、周囲とのつながりがある状態でフリーランスになれたので、幸運だったと思います。
ただ、フリーランス1年目に、個人として受けた仕事は「ゼロ」でした。
──── ゼロというのは?
文字通り、仕事の依頼が一件もこなかったんです。matumotとして依頼される仕事はなく、メールの受信箱はいつも空っぽでした。
実力不足だったのは間違いありませんが、その一言で片付けるのは簡単です。きっと、私には、個性のある絵が描けていなかったのだと思います。ただキレイなだけの絵は、唯一無二の個性が求められるフリーランスの世界では太刀打ちできませんから。
とはいえ、自分らしさなんて、自分にも分かりません。「私の絵の魅力ってなんだろう?」と自問自答していても、なかなか答えは見つからなくて。
それでも、生活するためには仕事を見つけるしかありません。空いた時間はすべて絵に費やしていましたし、SNSへの投稿も欠かさず行っていました。
イラストレーターにとって一番の営業は「見てもらうこと」です。その機会だけは絶やしてはいけないと思い、必死になって絵を描いていましたね。
──── 苦しい時期だったと思いますが、なにが絵を描き続ける原動力になっていたのでしょうか。
原動力というよりは、とにかく生きていくために必死で描いていました。
学生時代はそれこそ「好き」が原動力でしたが、フリーランスになってからは、もう描く以外に選択肢がなくて。
「描くことを止めてしまえば、もう自分にはなにも残らない」——。そうやって自分を鼓舞し続けていました。大学を卒業して社会人になり、フリーランスとして活動した2年間は、今でも思い出したくないほど「グロい」記憶です。
それでも、やっぱりしんどくて。ついに気持ちが限界に達し、イラストレーターを辞めようとも思いました。
ただ、ちょうどその日に、一件のダイレクトメッセージが届いたのです。「matumot」宛の仕事の依頼でした。
キャンパスに映し出すのは「なりたい私」
────イラストレーター「matumot」の歩みはここから始まったのですね。
2023年の春ごろに、初音ミクのライブグッズを手がけたのが最初の仕事です。イラストレーターを本気で辞めようと思った日にいただいたこの仕事が、「もう一度頑張ってみようと」前を向くきっかけになりました。
その日を境にだんだんとお仕事をいただくようになって、自信が付いてきたところで、自分の「好き」を詰め込んだ絵をアップしようと思い立ちました。
「好き」を表現する技術やモチベーションを失っていた私にとって、「好き」にとことん向き合ったこの絵は、人生の中で大きなターニングポイントになっています。

今までは、自分の「好き」なんて届くはずがないと思っていました。社会人になってから、自分の絵を愛する気持ちを忘れていましたし、自分の「好き」が世間に評価されるほどのものだとは思っていなかったからです。
でも、いざ自分の趣味を詰め込んだ絵を投稿すると、予想をはるかに超える反響があって。
自分の気持ちと周りの気持ちがマッチしていることが本当に嬉しくて、「このまま進んでもいいんだ!」という自信を持つことができました。
自分の「好き」を詰め込んだ絵がなかったら、今の自分は存在しない。そう断言できるほど、思い出深い作品です。
──── matumotさんは、女性のイラストをよく描かれています。ここにも、ご自身の「好き」が詰まっている?
「好き」はもちろん「なりたい」を詰め込んでいます。社会に出て、ひとりで生きていく経験をしたことで、「自立した人間になりたい」と強く感じた過去があるからです。
今まで描いていた強い女の子にも、私の「なりたい」が込められていました。そこに、今の自分の「なりたい」を融合させた結果が、私の作風です。
ランジェリーを描くことが好きなのですが、ここにも「なりたい」が込められています。
私の考えですが、ランジェリーは他人からの視線を気にせず、自分らしさを存分に楽しむためのアイテムです。だから私は、自分を表現するためにランジェリーを描いています。
私のイラストが、自分の「好き」を見つけるきっかけになってくれたら、それ以上に嬉しいことはありません。
すべては必要で必然でベストなタイミングでやってくる
──── 苦しかった社会人生活を経て、matumotさんはこれから、どのようなイラストレーターを目指すのでしょうか。
まさに今、自分のこれからの姿をすごく考えている時期でした。
イラストにもよく描くランジェリーはもちろん、ファッションなど、手がけたい仕事がたくさんあり、どのようにアプローチしていこうか模索している段階です。
今までの私は、暗闇のなかをがむしゃらに突き進んでいるような人生でした。
私の経験上、苦しいことも、嬉しいことも、必要で必然でベストなタイミングでやってきます。苦しかった会社員生活も、仕事に恵まれなかったフリーランス1年目も、きっと必要なものだったのです。
だって、この時間がなければ、私らしいと思える現在のテイストにはたどり着けませんでしたから。
過去を乗り越えた今は、次の一歩を踏み出すための準備期間だと思っています。どんな結論が出ても、その道を信じて歩めるように、今はとにかく描き続けて、地盤固めをしていきたいです。
──── 最後になりますが、イラストレーターを志す方に、matumotさんからのメッセージをお願いします。
自分が描く絵を愛せなくなった私がみなさんに伝えたいのは、「自分が好きなものを、のびのびと、好きなように描いてください」ということです。
難しいことは考えず、とにかく「好き」を追求することが、イラストレーターという仕事において一番大切なポイントだと、私は身をもって体感しました。
現在はSNSがあるので、自分が描いた絵を、世界中に見てもらえる環境が整っています。自信が持てない時期もあると思いますが、失敗を恐れず、どんどん挑戦することが大切です。
もし仮に、他人と自分を比べて悔しい経験をしても、その悔しさはきっといつか、あなたの助けになるはずです。
直感を大切にして、好きを追求して、自分らしさを大切にしてください。そうすれば、おのずとあなたらしい道が拓けていくと思います。